地球は青かった!

最近はブログを読んでいただいている方も増えてきて嬉しいのですが、政治や経済・経営と違う話はないのか?と言われることも多くなりました。自分のフィールドだからということと、私が趣味のことを書いてもさほど皆さん興味はないのかなという思いもあり、これまで政治や経済・経営の話題を書いてきました。ただ、今日は違う話、宇宙のことを書きたいと思います。

 

 

人類初の宇宙飛行

 

今週の水曜日である4月12日は人類が初めて宇宙旅行に飛び立った日だとのことです。1961年とのこと。人類最初の宇宙飛行士は、当時のソ連のガガーリン少佐で、彼は宇宙から地球を見た感想を「地球は青かった」と表現し、流行語になったそうです。アメリカは1968年に人類初の月面着陸を成功させました。その後は、火星探査や、宇宙といっても地球周回軌道でさまざまな実験を行うようになり、今後の人類の宇宙への旅立ち、例えば火星への人類の移住をも視野に入れた実験を行っています。

 

人類の月面着陸も凄いですが、日本の技術も素晴らしく、記憶に新しいハヤブサがあります。火星の小衛星である直径500メートルほどしかないイトカワにハヤブサが瞬間であろうが着陸し、そこからサンプルを持ち帰る。それも帰還時に一時はエンジンが故障し行方不明になったにもかかわらず、修正しながら帰ってくる、なんていうのは想像するだけで我々人類の技術ってすごいんだな、と感心します。

 

 

火星への移住

 

火星に人類を住めるようにする計画もあるとか。現在の火星の気温はマイナス20度以下で人は済めない状態。ただ、火星にあるメタンガスを排出させて温室効果を作ると、両極のドライアイス(二酸化炭素の固体)が溶け出して二酸化炭素の大気ができるとか。そうなると火星の温度は摂氏5℃くらいになるため、今地球にある摂氏5℃程度でも光合成ができる植物をもっていくと、なんと酸素ができる。そうなると人類が火星の上で歩いて生活できるようになるわけです。ここまで行くのに、だいたい500年から1000年くらいとのこと。

 

火星の大気に酸素ができても、地球と火星で徹底的に違うのは重力。火星は地球よりも小さいため重力が3分の1ほど。そうなると今の人間のような脚力がなくとも、つまり足腰がひ弱でも十分歩き回れる。何世代もすると人間の体も変わってきて、それこそSFで宇宙人としてみたような頭が大きい人類に進化する可能性が高いとのこと。脳の巨大化は、さらなる英知を生み出し、今の人間では考えられないような科学技術を生み出すかもしれないと。そうなると、もっと遠くへ宇宙の旅ができるようになるかも知れません。

 

 

太陽系脱出、そして宇宙からの脱出

 

理論上は、ブラックホールを推進力にすると、数百万人が乗った超巨大宇宙船も光速に近いスピードで動かせるようです。数十億年後には、太陽が膨張し地球を飲み込んでしまうのですが、それまでには人類は太陽系から脱出していくのでしょう。

 

また、もっと先の話、1兆年よりもはるか先になると、宇宙は拡散し過ぎてしまい何もかもなくなってしまうような状況になるかも知れないとのこと。そうなれば、この宇宙では人類は生き残れないので、その前に違う宇宙に引っ越しなければならない。宇宙旅行ならまだしも、宇宙間の引っ越しなんかが可能なんでしょうか?そこまで人類がいれば、十分可能かもしれません…

 

 

壮大な宇宙と人類の目前の課題

 

壮大な宇宙を考えると夢が広がります。そこまで壮大な話の前に、我々の地球の回わりにはおびただしい数の隕石が飛び回っているとのこと。6500万年前に地球に飛来し恐竜を絶滅させたくらいの大きい隕石の軌道はだいたい分かっており、地球に衝突することはないらしいですが、小さいのは見つかってないものも多く読めない状況。つい数年前も、ロシアに落下した隕石で結構大きな被害がでました。

 

この辺りの話は、テレビ番組や本で学んだことを書かせてもらいましたので、不正確だったり、情報が古かったりするのはご容赦ください。「4月12日にガガーリンが人類初の宇宙旅行」という話をみて、思わず書いてみたくなりました。この壮大な話を考えると、この地球に生きているのに民族や宗教間で過度の自尊や自虐から、違うものに勝手に優越感や劣等感をもったり、それがひいては戦争をしたりすることの愚かしさが身に染みると思います。これまでに書かせてもらったブログでも、これに近いことを言ってきました。

 

 

人類の英知と倫理に期待

 

政治の世界には差し迫った課題は山積です。格差、安全保障、エネルギー、地球環境等々。夢を見ているだけで解決できる問題でないことは確かです。一方で、大きな宇宙の中のちっぽけな星で共に暮らす者同士、偏見や無用な殺戮なんかをしている場合ではなく、協力し合って解決していこうという決意を持つことこそが、問題を解決するために必須なスタンスではないかとも考える次第です。私は人類の英知と倫理に期待しています。