国民を自己実現の道具と見ているとしか思えない政権幹部

競泳の池江璃花子選手が白血病に罹られた件についてのコメントで、自民党の桜田義孝五輪担当大臣の発言が大きな問題になっている。桜田大臣は池江選手のことを気遣いつつも「がっかりだ」「盛り上がりが若干、下火にならないか心配している」と。呆れて驚くような、人の人生をなんと思っているのかというコメントだ。水泳なんかよりもとにかく長生きして欲しい、という池江選手のお祖母さんのご心痛が重く感じられる。さすがに桜田大臣ご自身「配慮を欠く発言だった」と失言を認めたからこそ謝罪と撤回をされたのでしょうが。しかし、この大臣発言、この謝罪だけで済む話ではないと思う。この問題は桜田大臣の発言だけでなく、自民党の、特に安倍政権に見られる歪な国民観がまた表出したと言わざるをえない事件ではないか。国民を国威発揚の道具として見ている、自民党政権のまさしく本音を表しているといえることではないかと考えられる。他にも同様の発言は山ほどある。

 

最近では、麻生財務大臣の「(年を)取ったやつが悪いみたいなことを言っている変なのがいっぱいいるが、それは間違っている。子どもを産まなかった方が問題なんだ」というもの。少し前の著名な芸能人同士の結婚では、菅官房長官は「この結婚を機にママさんたちがいっしょに子供を産みたいという形で国家に貢献してくれればいいなと思っている」という始末。第一次安倍政権時では、当時の柳沢厚生労働大臣の「女性は子供を産む機械」というおぞましい発言があった。日本に産まれてくる子ども達は、彼らの自己実現のために必要で、女性はそのための機械だといくことか。よくぞ「機械」だなどという発想ができるものだ。大問題なのは、これがいまだに続いているということは、これがまさしく自民党の特に安倍政権の幹部層の本音なのではないかとうことだ。

 

一方で、LGBTの人々に対して、杉田水脈衆議院議員は「LGBTの人達は生産性がないからサポートは必要ない」と言った。これは日本の国威のための人口増に寄与しないから、彼らの興味には入らないためサポートが要らないということなのだろう。LGBTの人達は差別に苦しんでいても、自分たちの自己実現の対象には入っていない、生産性がないと見えるので支援が必要ないと言わんばかりである。因みに、生産性で人を区別するのは、障害に苦しむ人々、高齢者の方々をも切り捨てようとする恐ろしい考えである。

 

つまり、日々の弛まぬ努力を続けるアスリートの方たちも、日本に生まれ来る子供たちも、自民党の幹部の方々には、自分たちの国家観や自己実現達成のための道具としか見えていないのではないかということ。そしてそれが、いまだ脈々と続いているのではないかということだ。恐らくは、日々一所懸命に働き、地域や社会に貢献し納税し生活している人々に対しても同じような眼をもって見ているのではないか。働き方改革の基礎となる調査の不備にもかかわらず、それを隠ぺいし解明しようとさえしないのをみても、本音がうかがい知れる。デタラメな統計数値の真相解明をしっかりしようとしない姿勢もしかり。自分たちの都合の良いように働く人々が欲しいのではないか。

 

はっきり申し上げたい。アスリートの人達も、女性も子ども達も、働く人たちも、あなた方の自己実現の道具ではない!と。