謙虚なアメリカの人!

いま政治の世界では、稲田防衛大臣の虚偽答弁疑惑による辞任がありました。今日のニュースによると、自民党の竹下国会対策委員長は「辞めて立派に責任を取ったということで、稲田前防衛大臣を安保委員会に参考人として出さない」という始末。辞めれば過去は不問にできると言わんばかり。また、非常に奇妙奇天烈な話としては「安倍首相は今年の1月20日まで加計学園が獣医学部新設を願い出ている話を知らなかった」とか。総理自身が加計理事長を腹心の友といい、頻繁に会食やゴルフをしておきながら、今年の1月まで知らないとは耳を疑います。私も民進党の公認予定候補であれば、こういったところを突っ込むべきなのかも知れませんが、これはもう毎日のようにテレビや新聞で出ていますので今日は遠慮しておきます。

 

もっと建設的な話ということで、話が変わって恐縮ですが、前回の「遠い国は同じように見える?近くの国もよく知らない」というテーマに関連して書かせていただきます。外国に関しては、結構誤解しているところは多いものです。例えば「アメリカ人はアグレッシブだ!」というのがあります。確かに平均的にみれば日本人よりそうかも知れないのですが、詳細を見ていくと興味深く学ぶところも多くあります。

 

 

アメリカ人はアグレッシブなカウボーイ!?

 

以前、知人から転職の相談を受けました。「アメリカ系の企業からオファーをもらえそうだがどうしようか?初めての転職なので、ちょっと心配している」とのことでした。アメリカというと、トランプ大統領のように、いわゆるカウボーイ的な「俺が!俺が!」のアグレッシブさがありそうなので、自分に合うかどうか心配しているとのこと。

 

彼が応募していたのはマネージャーポジションで、本社から来た上層部の人とも面談しているとのこと。そこで私は「アメリカの人ってそんなにアグレッシブな感じはしたのか?」と聞くと、彼曰く「そういわれてみるとそうでもない。特に本社の人は穏やかでいい感じだった」とのこと。ではなぜアグレッシブだと思うのか?と聞くと「一般的なイメージ」とのことでした。

 

 

人により全く違う

 

自分の経験で恐縮ですが、アメリカ人といっても人によって全然違います。人によって違うのは、当たり前といえば当たり前なのですが、特に組織で成功されている方は本当に人の話をよく聞いて、話し口も穏やかです。以前、あるアメリカの会社で私の上司だったアジア太平洋地区の人事部長だった方は、よく私の意見を聞きいてきました。時間がなく、まずその上司から指示するときでも必ず後に「I may be wrong. What is your thought? (自分は間違ってるかもしれない。あなたの考えは?)」と聞いてきます。

 

もちろんこれらのやり取りは、部下指導の定石といいますか、部下の考えをリスペクトすべし。また、部下の方がいい考えをもっているかも知れないので、それを引き出すのが管理職の仕事、ということだと思います。ただ、日本企業でこんな聞き方をしてくれる上司があまりいないのではないでしょうか?この辺りの徹底度は、私の経験では、業界にもよりますが、日本人の上司よりも外国人上司、とくにアメリカ人上司に多く見られたものです。もちろん部下の方も、言ったことは何でも通るのではありません。上司に進言するのであれば論理的にしっかりとした説明が必要なのは言うまでもありません。飛躍した論理やコモンセンスから逸脱した前提、ましてや感情的な訴えでは説得は覚束ないでしょう。

 

統計を取ったわけではないので、日米欧のうちどこの上司が一番部下をリスペクトし、意見を聞こうとするか?というのは正確には分かりません。しかしながら少なくとも組織で成功している人は、我々が一般的にイメージとしてもっている外国人像、それこそ欧米人に対するイメージほど彼らはアグレッシブではなく、人の話を聞こうとしています。その分こちらとしては、相手から意見を求められるので、英語の巧拙に関わらずロジカルに気の利いたことを言わなければならない、ということでもあるので、ある意味これはプレッシャーです。ただ、自分の意見をしっかりと主張すればちゃんとした人ほど真剣に聞いてくれるものです。

 

 

アメリカ人の悩み!?

 

以前、私がアメリカで働いていた頃の話ですが、私の上司が面白いことを聞いてきました。「ノリ(私のことです)2ヵ国語が話せるのはバイリンガル。3ヵ国語できるのはトリリンガル。では、1ヶ国語しかできないのはなんていうか知ってるか?」と。まじめに考え、何だろうと思慮していたら彼は笑いながら「それはアメリカンだ!」と。アメリカの人は、外国人が英語を勉強してくれるので、あまり外国語を勉強しないという意味で自虐的に言ってたのですが、思わず笑ってしましました。

 

その上司のみならず、アメリカで働いていて私が「英語が稚拙で分かりにくくて申し訳ない」などというと、口を揃えて「二か国語できるのは凄い。自分は一つだけだ!」とよく言われました。それらは「社交辞令かな」と思っていたのですが、このアメリカンの話を聞いて、グローバル企業に勤めながらにして母国語しかできないことに対して引け目を感じているんだと思いました。

 

もちろん、アメリカでは「アメリカに来てるんだから、もっとちゃんと英語を喋れ!」と上から目線の人はいます。ただ、企業の中で、特にグローバルな組織でそれなりの位置に上がっておられる人ほど、そんなことは思っておらず、言葉の壁を越えてしっかりと話を聞こうとしているし、また意見を求めている。引け目と書いてしまいましたが、組織で成功されている方々は、むしろ「謙虚」なスタンスをもっておられるということだと思います。

 

 

できる人ほど謙虚!

 

これは、言葉ができるかどうかだけの話ではないと思います。自分が他より優れているという自慢ネタを探したがる人が少なからずいるのは残念です。これらは偏狭なナショナリズムや差別感に繋がってしまいます。そうではなく、自分のところの良さを認識しつつも他者の良いところを探す努力を怠らない。そしてリスペクトし耳を傾けて自らも向上しようとしている姿勢が重要なのでしょう。そういう姿勢をもっていると常に新しい視点や刺激が入ってくる訳で、自らも成長できるということではないでしょうか。こういった人たちこそが、組織やひいては社会の中で成功しているのだなと思います。人はやはり自分自身が好きなものなので、謙虚であるためには意識して努力しなければならない気がします。この点については、私なども自分自身、自戒すべきことだらけですが…