先鋭的な労働組合

先日、ばったりと会った友達がいまして、彼はある会社で労働争議があった時に一緒に対応していた人でした。もう20年近く前のことです。労働運動というのも色々とあります。民進党が連携して活動しています連合さん。他には、企業別でも産業別でもない独立系のユニオンもあります。今日は、私が人事の責任者だったころ折衝等をしていた労働組合について書かせていただきたいと思います。

 

 

先鋭的な労働組合

 

以前、勤務していた会社で労働争議がありました。そこは、私が入社する前に既に労使がもめていました。私も争議があるのは分かって入社したのですが、入社するなり私が住んでいたマンションの前でビラが配られたのにはさすがに驚きました。他のケースでは、自分が勤務する会社がある駅の前で私の似顔絵付きのビラをまかれたこともありました。私は鈍感なのか「まあこんなこともあろうかと、自分も有名になったものだ」とぐらいにしか思いませんでしたが…

 

彼らは恐怖感を煽って、私に彼らの条件を飲ませようとしているのだと思うのですが、私的にはそんなことよりもその情報力の速さに驚いた次第です。家の前でビラをまかれた話には後日談があり、実はその労働組合の委員長とは以前からの既知で、一度か二度ほど年賀状を交換していた経緯があり、それで私の住所を知っていたのです。これは私の方が間抜けな話なのですが、そもそもなんで「企業とともに労働者の観点から会社を高めていこうとする」連合さんのような組織と全く違う先鋭的な労働組合の委員長と私に交流があったのかというと、それは彼らの主張も、それなりにまともだと思っていたからです。

 

 

一人でも入れる労働組合

 

その労働組合は、一人でも入れる労働組合ということで活動していました。会社の中で一人苦しんでいる労働者の人達の駆け込み寺的な存在だったのです。今でこそこういったユニオンは結構あるのですが、このユニオンは25年ほど前にできた走りともいうべき存在でした。今でいう、パワハラやセクハラ、不当解雇などというときに、特に中小企業では組合がなくどこにももって行きようがない場合の駆け込み寺になっており、当時はメディアにもよく取り上げられていました。

 

こういったいじめにも近い仕打ちを受けている人を助けている組織という意味で、社会的に意義があると思っていました。ただ、外資系企業の経営陣を脅してお金を多く取るようなやり方はいかがなものかと思っていまして、その点をこの労働組合のリーダーと何度か議論したことがありました。日本企業の場合は、問題のある会社に乗り込んでいっても十分な解決金を取るのは難しいようで、彼らからしてみればボランティアに近い活動になるケースが多いとのこと。そこで活動資金を手に入れるために外資系企業から多額のお金を得て、軍資金にしていたようです。

 

 

なぜ外資系企業はお金を取りやすいのか?

 

外資系企業はある意味愚直で、日本の法令をあまり知らない外国人経営者の場合、就業規則に解雇手当1カ月とあるのをみて1カ月分のお金で解雇したりするケースも散見されました。就業規則にあっても、判例からすればそれが難しいのですが、それを知らないわけです。会社ビルの前にいって、幟を上げ拡声器で「社長出てこい。人事部長出てこい」とやったり、経営陣の家に行ったりして恐怖心を煽るのはいかがなものかと思っていました。ただこういった行き過ぎは、このユニオンのトップの意向というよりも、これまで鬱積が積もっていた働く人々が、組合に入って突っ走り過ぎたケースで、このリーダー氏も止めきれなかった場合も多いとのこと。

 

この不幸な状況を少しでも改善しようと、私はこのユニオンのリーダーをACCJ(アメリカ商工会議所)のミーティングに講師としてお呼びしました。双方の誤解を解くためです。こういうところに来てくれるのも立派だと思いますし、改善しようとして参加する外資系企業の経営陣も流石だと思いました。こういったやりとりが縁で、私は前述したような年賀状交換をすることになったわけです。

 

この組合リーダーのプレゼンテーションでは、多くの場合、ACCJのメンバー、つまり外資系企業の経営者の人達は自分の会社で、そこまで酷いハラッスメントや日本の法令に合致しない解雇が行われているとは認識していない様子でした。要するに、外資系企業に勤める日本人のマネジメントが彼ら外国のマネジメントにしっかりとした報告をしていないということです。ハラッスメントはその当時は既に海外でも相当問題視されており、また法令順守は外資系企業では特に気を遣っており、下手をするとある意味会社のレピュテーションリスク(企業の評判が悪くなるリクス)として捉えられていましたので、日本でそんなことが頻発しているようでは困るわけです。だから、日本人のマネジメントは自分の評価(ハラッスメントや法令を遵守しないことがあると当然マイナス)を気にするあまり外国人の上司に現状をしっかりと伝えていなかったということなのでしょう。

 

それにしても外資系は人事部に圧力をかけると、人事部はすぐにひるむ。なぜなら人事部は本社にレピュテーションリスクがあるといえば、本社もお金で解決しようとするので、日本の人事はビラをまかれたり、幟を上げられたりして泥をかぶるよりもお金を出せばいいだろう、みたいな側面があるのです。自分のお金ではないし、とうそぶく人事部長の知り合いもいました。

 

 

コモンセンス(常識・良識)の重要性

 

「本社からお金をもらって解決すればいい」なんていうのには到底賛同できなかった私は、何をしたか。日本の一般的な、そしてその当時に社会が目指そうとしている労働環境というのはどんなものか?そこから会社側に問題あって現状がかい離しているのであれば、会社は改善しなければならない。一方で、労働者側に問題があるというのであれば、会社は毅然とした態度を示すべき。さもなければ、まじめに働いているその他の社員に示しがつかないわけです。

 

このユニオンがやってきた自分の争議ケースでは、組合に加入した社員がお客さんに会社批判のファックスをおくったり、社長や奥さんの名前を実名で出して本を出版したりしたため、相当もめてしまい丸く収めることができませんでした。結局、組合員の彼らは同僚にも疎んじられ会社にいられなくなり、割増退職金もなく自己都合で退職することになってしまいました。他の会社では、性善説で作られている病気休暇を濫用している社員がおり裁判沙汰にまでもっていきましたが、結局は裁判所も内容を吟味して、我々の当初の意向を大きく認めてくれた場合もありました。これについては、以前のブログで若干触れました。

 

自分が常識的(良識的)で、いつも正しいというつもりはありませんが、世の中のコモンセンス、社会のあるべきかを考えて動くことが必要ではないかと考えます。そして、この社会の良識も時とともに時代の流れとともに少しずつ遷移していきます。苦しい局面に立った時、時代の流れを見ながら正々堂々と正しいことを主張するベースとなるのはまさしく良識であり、その良識に従って行うことというのが重要なのだなと、当時を振り返って改めて思いました。