今がよければ、それでオッケー?な訳ない!

今がよければオッケーではいけない

 

先日、連合大阪さん加盟のある産業別労働組合の事務所にお邪魔しました。そこにあったポスターに「今がよければ、それでオーケー。そんな空気が、一番危ない」「だから今、はじめよう。キーワードは“クラシノソコアゲ”」というコピーが書かれていました。このポスター、どこかで見かけられた方もいらっしゃるかと思います。

 

 

今は春闘の時期です。このポスターは恐らく、若い人たちに向けて「今なんとか生活ができるから、それでオッケーと安心していてはいけない。将来に向けてしっかりと生計をプランできるようにすべき」といったものだと思います。そのメッセージに賛成です。

 

いつも問題になる若い世代の投票率の低さなど政治に無関心の原因の一つは、現行にさほど不満がないというのがあると思います。一人暮らしであれば、なんとか仕事はあるしご飯も食べていける。働いてフローのお金がある程度入るので切迫感がないということでしょうか?ただ、経済的に今はなんとかなるからといってオッケーではいけない。今こそしっかりと考えよう!という啓発ポスターなのだと思います。

 

 

我々の自由が侵犯されている

 

そして更に思うのですが、経済的だけの問題でなく、我々の自由を縛る仕組みが徐々に進行していることにも、もっと危機感をもつ必要があると思います。2013年に通過した特定秘密保護法では、国民の知る権利が危ないと懸念されています。2015年には自民党が呼んだ憲法学者までもが「憲法違反」といった安全保障法が通されてしまいました。そして今の国会では、これまでに何度も廃案にされている共謀罪がまた浮上してきています。

 

そして、極めつけはあの自民党の憲法草案。憲法とはそもそも権力を縛るもので国民を守るものなのに、自民党の憲法草案では「公益及び公の秩序」のもとに国民を縛ろうとしている。「国民に国を愛せ」なんていうのを憲法に書くのはあり得ないと思います。愛というのは命令されるようなもんではなく、心の叫びだと思います。そもそも憲法が国民に命令を出すのは、憲法という法律の位置づけからして間違っている。国を愛せは、思想信条に反するのです。

 

更には「家族を大切に」などという価値観が憲法に書かれている。こういうと「お前は家族を大事にしないのか?」と反論がきそうですが、誰もそんなことは言っていない。「国を愛せ」もそうですが、憲法に書く内容ではないと言っているだけ。こんなことが憲法に書いてあったら、何らかの理由で家出や離婚したりすると罰せられる法律が作られる可能性がある。それがおかしいと言っているわけです。

 

特定秘密保護法で国民の知る権利を危うくし、安全保障法制では憲法違反という指摘があるのにもかかわらずゴリ押し、今度は戦前の治安維持法のような共謀罪を作ろうとする。更には国民を縛ろうとする自民党の憲法草案。今、日本は本当に危険な状態にあることを「今は全然オッケーではない!」ことを、政治に携わる者はもっと訴求していかなくてはならない、とひしひしと感じます。

 

 

自由を愛することと日本を愛することは矛盾しない

 

大阪豊中市の国有地払下げ問題で揺れる森友学園では、教育基本法に反する教育内容が問題になっています。それに多くの政治家が関わっているという事実も発覚しています。これについては真相究明が急務なのですが、そもそも、あのような学校法人になんで保守とはいえ多くの政治家が関わるのことになってしまったのか?また、国会での質問中に「教育勅語を幼稚園児に暗唱させている」という問題を指摘したら、なんと自民党議員から「いいじゃないか!」というヤジが飛ぶ。今、この日本の現状は、本当に危険な状況であると言わざるをえないと思います。

 

こういう話を書くと、ネットなんかでは「お前は反日か!」と叩かれそうです。しかし、そんなことは全くない。私は日本の文化や食べ物、風習も大好きだし、自然も大好きです。尖閣諸島に中国の公船が侵犯してこようとすると、当然のことながら腹が立つ。だからといって、国民の自由を縛ったり、排他的で偏狭なナショナリズムを煽ったりするのは間違っているということなだけです。だいたい、国粋主義的な教育をしている学校のトップが国の財産を二束三文で手に入れようとしていた。これが真実ならば、日本人として、これこそが私は本当に腹が立ってなりません。

 

「今がよければ、それでオッケー」というのは、今の非常に危険な状況に気づいていないだけ。政治にかかわる者も、また国民一人一人としても、真剣に今の状況を見つめ考えなければならない。改めて、その思いです。